わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

自意識と演技 III

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自意識と演技 II - わが心のBlog
前回「II」の最後で、こう書きました。


物語の構造・状況をしっかり理解した上で(
鮮烈な、余りにもフレッシュな、
貴方の「たいしたことない」をぶちかましてほしいのです(



とは物語の構造。本筋
とは人物の表現のことです。

さあやっと表現の話に到着しました。



鮮烈な、余りにもフレッシュな!



ということです。


ね。


・・・でも気をつけて下さいよ。





(B)に移行するとすっかり
(A)を忘れる——






この問題を、ずーーっと書いてきたのです。

うっかりすると、すぐ忘れるでしょ。



よっしゃーフレッシュ!
よっしゃー鮮烈!

やっとオレの出番!




・・ちがうだろっての。その前に(A)物語があるよ、とずっと言っています。


でもトブんだ。
笑いごとじゃない。


その現象があまりにも多いからここまで書いています。——こうした字ヅラでは飛ばないだろ?
でも現場でトブよ、心得と、取り組む姿勢のない者はすぐに。それも軽々しくね。保証する。


●ロケ地・小屋入りで現実空間の迫力にトンだり。

●シーンの繋ぎ目、前後関係、自分の役以外のこと(=世界)に関心がなく「雑」だったり。

●これ見よがしになったり。手グセに走ったり。
(保身に走ったり、得意技を出したくなったり)

●アクションが続くと役がすぐ抜けたり。
(役の目的が理解できてなかったり)

●役に統一性がなく前後数行しか役が持続しなかったり。シーン毎、その場毎にガチャついたり。
(これはさすがに初歩・・ではないですよ?)



B:アクトの段階で、A:連続した物語がその者の中で「トブ」ことは本当によくあることです。
しかしそれは・・口が渇くほど繰り返すが、多くが「A:物語(全体)」を軽視している結果です。

(こうなると「I」で語ったとおり、現場では対処療法となります。三年後わかることをその者に言っても仕方ないからです。経験と集中力の足りない者は「トブ」確率もまた高いのです)


しかしね、だからこそ奥深く面白いんですよ、表現というものは。一朝一夕の話ではありません。
序章を繰り返すがこれらはすべて助言です。


今まで書いた「問いかけ」こそを体に叩き込んでほしい。自意識はすぐあなたに忍び寄ってきます。



本当に物語に気づいていたか? 本当に!?



で、そこへのアプローチにちゃんとなってるか?



あなたのその表現はエゴ発信になってない?
(今、マイナスを言ってるよ。)



なんども「いや待てよ——?」と自身の解釈も疑ってほしい。もっと平たく言うよ。


もっともっと物語(A)を「読解」しなさい。

まだ表現(B)にいくなよ? ということ。 



いくつもの補助線・想い・仕掛けが張り巡らされてるぞ? 君が目の前の物語から気づくこと、ハッとしておくことはまだ山ほどある。

ナルシストたちよ、鼻ほじって勝ち誇ってる場合じゃないんだよ。OK?(平たく書きました)



A物語 > B表現

A物語 < B表現

 


多くの状況で抱える問題であり、特別な事ではありません。誰でも、いつでも起こることです。
前者は役者として「頭でっかち」状態です。これはこれで物語に対し、役の表現が足りません。
後者は「オレオレ」状態だ。周りが見えておらず、その者は物語を越えて置きまくっています。
どちらも表現は「説明」になってしまうだろう。(説明というか、要するにヘタ。ということです)


あなたはどちらの問題を抱えやすいだろうか。




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以降、補足専門コラムです。
私としてはより奥の大切なことを書いていますが、私の演出論であり、専門的かつ更にメンタルを攻める言葉になっていますので、概要のみでいい方は飛ばして下さい。


補足コラム❷(汲み取れる自信のない人は飛ばしてね)
もっとも後者(物語<表現)はその者の「要望」も現れていることを知っています。オレは私はこうやりたいんだ、と。しかしそれがトゥーマッチであればトゥーマッチです。何度も言うが、本当にホンを読み込んでの所業か?ということです。しかも今、相手や空間あってのことか?ということ(「置く」とはそれよ、見えてない)。もしそれが不意のアイデアであれ、浅はかな自意識・プロモーションか、役に根差した相手との空間的所業かはすぐわかります。あとは対話です、演出とのね。むろんだが演出の好みや戦略・スタイルも当然あらかじめ含む。それこそ、そこで対話に耐えられる人材でなければならない。あなたには変える・変わる用意があるのか? 思い出して欲しい、キカンボーさんには真実を告げなくてはいけないことを・・まずはホンを読め。なんだわ。ゆっくりおちついて、自意識メガネは外してくれ。

なにもするな、とは決して言っていない。鮮烈にフレッシュに。しかし君のプロモーションのためにそれは書かれてもいない。これは矛盾しない。不言語で慎ましいメッセージを届けるために、物語は静かにある。大切なことだ。その限定的なイチパートとしてどう象るのか。君が全体へ捧げる役割はなんだ? 彼・彼女の目的は? いよいよ君の役を越えた、全体像・狙いや意図への理解が必要だろう。つまりどれだけの読解力と切り分けがあなたに備わっているかが試されている。——だから「ヂあたまが必要」だと言っているのです。(で、前者が「頭でっかち」だ。狙いと目的はわかったが自身パートへの技術が追いつかない現象。これもやはり足らないということだ)

それと勘違いしないで頂きたい。答えがほしい、など決して言ってない。答えは観客の取り分だ。したり顔の賢者など現場に一人も要らねえ。誰が君に安定など求めた? 常に不安定でいなさい。戦略を戦略です、という説明過多な大根芝居も要らないんで帰ってくれ。答えのための素材与え続ける、役に徹し負け続けるのが俳優の仕事と違うか。「仮に」一旦掴んだ全体像があったとして、それとは逆行した「その瞬間」のシャープな表現が必要だろうによ。そこにおいてどれだけあなたという俳優は演出の助力になれるんだ? 本当に君に脚本を渡しても大丈夫だろうか。

・・でね? こうやって少し突っ込んで語るだけで、もはやナルシストの出る幕なんかないだろうによ。(これらはより専門的なリソースながら紹介しました。——伝えたいことはまだ多々ありますが、あとは他の機会に譲り、戻ります)

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しかし今日は現象の話。
ここまで長く長く(A)物語について書いてきた事を察して下さい。

(A)物語の、脚本の、ストーリーの、読解洞察力欠落の方が、致命傷だからです。


なので(B)表現について詳しく書こうとさえ思っていないのです。
上記コラムでは少し突っ込んで書きましたが、それも「意識がどう流れるか」についてなのです。
それほど「自意識には監視が必要」であり、引いては物語の読み方一つにその人間が現れるからです。


そしてそれら阻害の大抵の要因が自意識であり、


圧倒的に


この問題を抱える方が多い。


一言で言えば「なんて面倒臭いんだ!」ということです。その先の工程を我々はしたいのだから。
しかし初心者〜中級者に多発する事件なのです。


ザ・「読めてない」。
ザ・「自意識」。


気をつけてほしい。



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本当に。まず。
目の前のホンを、まっさらに読んでごらん。
自意識メガネは外してね。


性差や偏見、ルサンチマン、はたまた過去の成功体験・・。これらも自覚し、取り外すことです。
まっさらにしないと「」も何も入りません。


変読しないこと。まだまだ君が気づいていないことばかりだ。そこにおいてどれだけ「ハッとしたか

ーーーその量が演技の質を決める。


絵画の世界にはデッサンという基礎があります。

目の前の物象を写しとる事さえ難しいのに、いきなりピカソにならないでな。
(ちなみに、小学生時分のピカソの絵を見たことあるかい? デッサンの鬼ですよ)

机をデッサンしていたとして「この机、こんな木目だったんだ・・」とか細部に気づくだろう。
そういう「ハッとする」ような《生きた発見》を脚本からどんどん積むことだ。
しぶとく観察しなさいな。感情特性の強い俳優は、サイエンス(解析)が足りない、本当に。


いいから、トレースしてごらん。


物事の構造をよくよくみてごらん。見れば見るほど「ハッとする」ことばかりなんだから。

で、その距離感を掴んだら実際やってごらんよ。

ほとんどうまくいかないから。デッサン等しく演技も距離の修得であり世界の大きさを知ることだ。


もっと言おう——。


自分を「よくみせよう」なんて想わないことだ。


「負けない奴」
気取っても一発でバレるからな?
(これでも相当優しく書いてますよ)



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こういうことは常に身の回りに広がっています。

耳を傾ける——ことの重要さ。「声・音」を隅々まで聴くこと。まず相手・他者を受け容れること。
この基本のできない者が実に多いのではないか。

自分語りがしたいなら、自分の気持ちよさ追求なら、俳優・役者なんて目指さず





違うメディア・土俵めざしてくんねえ?





と本当に想うんだわ。
自意識礼賛ならシンガソングライターを強く奨めるし、ロダンもいい。二人以上の試みはユニゾンも必要だぞ? あるいはインスタグラムも大いにやればいいことだ。だがそれらと《物語のしもべ》であることは全く違うぞ。



ココホント、OK?



このあたり勘違いして入門した者がとてもとても多い印象にあり、ここまで長々と書きました。
「序章」冒頭の通り、デフォルトとしてね。



守破離」という言葉がある。知らない人は調べてほしい。この言葉は真剣にとらえた方がいい。
なにも押さえ込みたいわけじゃない。
萎縮させたくて言うのでもない。が、基本を撃ち込んだ者こそが、自身の羽を広げられるだろう。


まずは眼前のホンを(これがあること自体がなんて素晴らしいことだろうか)、そんな眼前のホンを、

断崖のように読みなさい。






「IV」に続きます。