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わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

平成29年という質量

日々のこと

今日、ふと(ほとんど夢のように)思ったことを、備忘録のように書いておきたい。
それは、今年が、



平成29年



だということに改めて、気付いたことだった。
「なに言ってんの? そうだよ? 今年は平成29年ですよ」というツッコミは承知だ。
が、ふと、質量として「そうか、平成になってもう、29年も経ったのか」と思ったのだ。

この感覚はどう言えばいいかな。
例えばひらがなの「む」をずーっと見ていて、ひらがなに見えなくなるって経験はないだろうか。
そんなゲシュタルト崩壊に似ている。




平成29年




改めてその質量を考えて欲しい。
大正時代は、15年で終わった。
だから、もうほとんど大正時代を2回積んだほどの年月が流れているのだ。




昭和29年




も、イマジンしてみよう。
昭和29年は、昭和1年(元年)に比べおそらく「別物」だったろう。
それくらい、その29年の蓄積には歴史や、変化と進化が詰まっている。
アメリカでラジオがはじめて放送されるのが、昭和元年(1926年)という時代だ。
その20年後には第二次世界大戦が「終わっている」。その、焼け野原の日本をGHQが占領する。
ゴジラ」と「七人の侍」が初公開されたのが戦後9年目の、昭和29年(1954年)という年なのだ。
そんな二十九年間である。その激動をイマジンした後で、





平成29年





を想うとき。 オレは、




あっけなっ!




という感覚に囚われたのだ。
もう人生において、昭和の時間より、平成での経過時間の方が上回って久しいのに。
いや、平成史や、いわんや自分史を否定したくてこう想ったわけではない。
つぶさに振り返れば、もちろん、むろん、充分分厚い。分厚すぎる。
ベルリンの壁は崩壊(平成元年)し、ソビエト連邦はなくなり(平成3年)……以下省略。


にもかかわらず、質量として、あっけない、とふと感じたのだ。


それでいて、



平成元年に生まれた子が、
もう29歳になる/なっている・・・




平成生まれがもう29歳。 この衝撃だよ。
「そうだよ、今さら何言ってるの?」という(同世代の)奴に告ぐ。

嘘をつけ。 素直になれよ

オレはふと、この事実におどろいた。
そういう人は多いはずだから、こう言葉を接いでいる。この感覚、わかってくれるかなぁ。
いつまでもコドモだと思ってた親戚の息子に久々会ったような感覚、とはこのことだぁっ!

しかし、だからなんなんだ、とも言える。
きっとこの矢のごとく時の早さにふと驚いただけ、なんだから。
それに「平和に成る、で平成」なわけだから、平和ぼけこそ時代かも知れぬ。
そんないっときの、ゲシュタルト崩壊

以上、備忘録まで。