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わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

禁 煙 顛 末 記

日々のこと

015年の誕生日から禁煙をはじめたので、丸2年が経つ。
その日々の苦闘の記録は、ココにあり、思い起こしても書いて良かったなぁと思う。
なぜなら、こういう苦闘も忘れるから。その生々しさを記録できたことは今では幸いだ。
今日はその後の話。


何本か吸ってる


結論から言うと、その後、とくに2年目以降は何本か吸ってる。
たぶん2年で1箱いってない。 数えるほど。 そんなペースだが、何本か吸ってる。
そこには自分のなかでルール改正(2年目のいつか施行)があった。


ハレの日(ハレとケでいうところの)
なんか特別感があって
日常じゃない時は
(もらって)吸ってよし



自分が特別と認めた時間は解放することにした。「解煙」。
そこにも条件があって、一人の時は吸わない
たいていそんな時間は誰か心置きのない間柄の人が近くに居るモノだ。で、そういう人はたいてい煙草を吸っていたりするモノ。笑 そんなで、1本もらって、吸うのだ。そして


ヤニクラ


に遭うのだ。常習中はせいぜい寝起きの1本目のみの「ヤニクラ(身体が驚いてクラクラする現象)」が、まるで初めて吸ったときのように激しく襲ってくる。この感覚をしばし楽しむのである。
そして、その人との別れを惜しむように、その解煙の刹那とも別れるのだ。なかなか感傷的でいいよ


段、ああ吸いたいなぁと思う時はある。
あるというか、禁煙者にはつきものだろう。そんな瞬間はトリガーがある限り、あるのだ。
でもそんな時も注意深く、どれだけそうか?、を感じることにしている。
たいていは、5分も経つと、そう思ってたことすら、忘れるものだ。
そのあとはシレッと普通に戻れる。 ちょっとした風のようなものだと思う。だからやり過ごす。


煙すると太る。というのは本当だ。
じっさい、オレの体重もまじで止まってくれない。
「禁煙すると、食事が美味しくなる」というのが通説だがオレは、それは少し言い逃れだと思う。
なぜ禁煙すると太るか? その原因は

ドーパミン

にある。じつは喫煙でもっとも怖いのが、このドーパミンの過剰分泌だろうね。
なぜ吸わない方がいいかというと、一度たりともドーパミン(興奮信号)が過剰分泌すると、それが基準になり、体内で戻ることがないからだ。それが怖い。というその、恐さそのものを禁煙でリサーチ中知って愕然としたのだが、あとの祭りである。我々、喫煙「経験者」それも何十年と重ねた人のドーパミン基準はとかく高いのだ。普通の顔をして、中では非喫煙者より興奮状態にあるということになる。

そこで「禁煙」はそのドーパミン分泌を一気に閉じてしまう。すると、どうなるか。
体内がそのドーパミン基準を他で求めよう/補おうとする。分泌しようとするわけだ。
そうだ、肉だ! カボだ! 糖分だぁ! オレにもっと興奮物質をぉ!ということになるのである。「禁煙すると、食事が美味しくなる」は半分あっているが、科学的体内的にはこんな内訳だろう。
(ちなみに禁煙日記のココにもそのことを記載している)

ーあ。怖い、し、わがごとだけどね……。まあ、仕方ない。
ちなみに、薬物依存のメカニズムはほとんどこれ。煙草が合法だからって薄いわけではない。ドーパミン基準は低い基準に戻ってはくれないのだ。 やれやれ……、と自分事として受け入れつつも、こうしてコンセプト・インフォームしておくと、禁煙も解煙時もかなり冷静でいられる。

だから、というとヘンだが、医者は割り切って喫煙を勧める事もあるようだ。それは、アルツハイマーの患者などで、ドーパミン(興奮)の分泌が病気の進行抑止に働くことが実証されているからだ。
安い茶店によく居ないか? 白髪のじいさんで、表情の固まったような、感情を表せられない人が。
そういう人は非喫煙者であれなんであれ、もう自分が興奮していない。ドーパミンはすでに枯れ果てて、鉄仮面のように世界を見つめている
そんな人は煙草でもなんでも吸うが良い。 吸って笑えばいいさ。 それができるなら!


禁煙は、駄目な恋愛への未練に
ものすごく似ている。
禁煙日記DAY7より)


煙が興奮(ドーパミン)と直結することを考えれば道理だが、煙草は悪女に似ているものだ。
ふと思い出す記憶の影のようなもの。あれをしけこめば、きっと元通りだ……
そんなまぼろしを掴まえようとして、吸ってはそんな幻想があったことすら忘れるのさ。


は大食との戦いが待っている。笑
グーグー鳴っては、背脂(せあぶら)の誘惑が押し寄せる。
くそがぁぁ! がうぅぅぅ! こ、こらえろぉぉぉぉ……!!!っっ
残念ながら大食への誘惑って、5分経っても消えてくんないんだよね。
だったら喫煙の方がよくね? と思いつつも、まあ健やかにあらんと暮らしてるよ

結局、竹を割ったような答えもないけれど。
顛末記の筆を置く