前回サッカーブログで「SINNERS:罪人たち」というワードを出した手前、この映画の感想を。
去年2025年の重要作の一つ、ですね。
この映画は映画館ではなく今年の3月、アカデミー賞後にデジタル鑑賞した、そのときの感想です。

ライアン・クーグラー監督作「罪人たち」。
こういう映画だったか、という感慨を観た時まず持った。思った以上にブラックエクスプロイテーション映画だ、とね。で、
な・る・ほ・どなー・・
めんどくせー映画だなあ!
というのが率直な第一印象だった。(まあもう封切りでもなんでもないからいいよね?)
語弊を恐れず言えば一義的な映画ではないからかなり「面倒」なんだ。評価の難しい映画と映った。ということを書いていきたい。
極私的感慨を先に書けば
「前半二重丸。
後半ヴァンパイア経由ゾンビものの枠に
収まってシュリンクする映画」
という処。
ジャンル映画だからこそ「語れる」ものがあることは大いに認めるが、ヴァンパイアが「始まってから」の方がむしろ自分は退屈だった。
ヴァンパイア・ゾンビものの様式って強固かつ「コスられまくっている」手法を越えていかない。
今回はヴァンパイアなんで招かれないと、などマナーを踏襲するが、そんなマナーの踏襲自体がそもそも「トレースする面倒くささ=新鮮じゃない」という点が一つ。それに結局「始まってしまえば」ロジック方向にシュリンクしていくから。ただ、対決映画に落ちる、というか。自分はむしろ、
シカゴから帰ってきた双子が
ミシシッピーで苦闘し成長する
ストレートプレイ
で全然よかった。それくらい前半が好きだ。
むろんそうすると全く「違う映画」になってしまうが(笑)それだけ、前半部=陽のある日中シーンがゆったりとして極上だ。
「ああ、このまま『プレイス・イン・ザ・ハート』的オーセンティック映画でいいのにな」「もっとこの空気感のままいたいのにな」と想ったね。

プレイス・イン・ザ・ハート(1984)
前半が撮影含め格調がとても高い分、正直パーティが始まって一段安くなり、ヴァンパイアが始まってもう一段安くなった。というか後半の方が時間長く感じた。ヴァンパイアの登場自体、唐突だし。

極上の「昼」

一方で、ここは仕方ないのかと想ったりする。
というのも、オリジナル脚本として考えると「予想以上に前半部の出来がよかった」だけ、なのかもな、と推察した。後半のヴァンパイアものこそが当然メインの【ジャンル映画】なのであり、あくまで導入としての前半だったが撮影したら
「まずい・・すごくいいじゃないか・・
前半、思いがけず、できが良いぞ・・」
by カントク心の声
ーーライアン・クーグラーの心情プロセスはこんなバランスだったのかもな、と邪推するんだよね。
で、始めに戻るとジャンル映画だから語れることもまた多くて困ってしまう。様々なメタファーに満ちており「ゲットアウト」よりもモロなわけだが、
・黒人音楽を吸収して養分にする音楽業界
(プリーチャーボーイの音楽(ブルース・才能)に惹きつけられ「彼ら」は寄ってくるのだ)
・もっと引いて黒人近代史(一面の綿畑)
・グローバリズムとローカリズム
・異教徒・異文化とのエンカウンター
・それでいて同じ「キリスト教」ってのもミソ
・自由に対する思考の差
・マタンゴとシーバース、同化への誘い
・博愛としての自由と、矜持としての自由
・文化がミックスされてゆくことの功罪
パッと挙げてもこれらが「黒人の目線」から語られている。カントリーはおろかアイリッシュダンスが始まって「この映画モロだなー」と苦笑したよね。
アイリッシュダンス自体も「祝祭の踊り」である点も指摘しておきたい(めんどくせー!)。彼らヴァンパイア(異文化)も夜の宴に興じているのだ。

さらに確信的なのは「アイリッシュビール」。
文化や原産の違い、持ちつ持たれつの「共存」が現代としては語られるべき処だが、これが100年前ヴァンパイアに組み込まれたことで「敵対」関係として置かれる。(めんどくせー)
当然だがKKKを出すことも忘れてないし、黒人と白人のハーフ・メアリーがまず最初に食い破るのであり、食い破られるのは主人公の「分身」だ。

二人のヒロイン。ここも読み込み甲斐があるよね

双子であることは「アイデンティティ」に対する二面性を現し、独立と同化の二面性が語られる。
そんな分裂と矛盾こそがアメリカであり、ひいては我々含む国際社会である、と。我々はグローバリズムとローカリズムの分裂症を患っているのだ。
さらに穿って言えば
「罪人たち」とは誰だ?
って余白に到達する。なぜ「Sinners」と題したか。
キリスト教的受難、とは優等生的解釈で、もっと過激な意味をこの作り手は込めてるように想うね。
宗教や人種、思想、自由、同一化などこれらの噛みきれぬメタファーを詰め込むために選ばれたのが「ヴァンパイア=ジャンル映画」というフレームだったことはまた真であり、繰り返すがそのフレームを選んだことによるコモディティ化・シュリンクした「平坦さ」もまたオレとしては指摘したく、うーん、評価は難しい。ってこと。
・永遠と一瞬
最後はこの対比にして本作最大のテーマを示すが、でもオレは気持ち寄せすぎだし「言葉にしちゃうんだ?」とは思ったよ。
むろん素晴らしいテーマだが言葉&回想挿入。
これは「IMAX」で観てたらもっとキたのかもだが、ちと語りすぎかなー、少し気恥ずかしーな、と感じた。それは要するに、2時間前を「あの頃はよかった」にすることに自分は同意できず、それって技術レベルが要るだろう?、という感慨。で、もっと言うと、
「この作品、かなり散りばめてっからね?」
が強くそのインテリ臭は全編に渡ってるのでなんかこう、この監督若えな・・。と想うにいたる。
そんな評価が相半ばした作品でした。
以上、感想でした。
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