わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

チョコレートの民度

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まあタイトルと、写真の通りなんですが。


「すごくね?」


と思い、スーパーで撮ってしまった。


むろんむろん。
「カカオ◎◎%」は今に始まっていない。
オレが、お!? と思ったのは2年くらい前かな。
MEIJI THE CHOCOLATE」(▶参照)をコンビニで発見した時「こんな時代になったか」などとすぐ何種類か買って食べてみたし、オレの好みは70%あたりだな、などと感慨もあったりする。
・・どうでもい?


「どうでもよくない!」


という写真が上だろ。あふれてる。笑


GODIVA発祥ベルギーなどに行ったことがないので比較もできないが、日本は本当にチョコ先進国だと思う。ヨーロッパのチョコに対する感覚の高さは、スペインに旅した時にすでに感じていた。スペインはどこも「甘」かったが、たしかなコダワリと品揃えを感じたのだ。ここはうまく言えないが「イベリア半島でこの味ならば・・」と、西ヨーロッパ諸国の「意識と歴史」を遠く思ったのを記憶している。(←勿体ぶった言い回しだがホントだ。ヨーロッパのチョコは強い)
しかしこの国、日本もブッチギリでチョコリテラシーが高い。上限で三百円だと思うが、カカオが何%配合か? にコダワる国もこの国だけだろう。それにこの市場に溢れるラインナップの数! なんだこれは!?  最高じゃないのか!?


なんたってヨックモックの国である!
赤坂TOPSの国なんである!

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二大巨頭にしてわが永遠の定番。ヨックモックとTOPS!




私はよく通うバー(私は呑めない。「マスター、いつもの。」というとアイスオレがでてくる)では、店主とともに《土産菓子研究家》として秘密裏の活動を行なっている(笑)。
お客から届けられる出張などの戦利品、土産お菓子の数々。それを店主から密かにお裾分けしてもらっては、あーだこーだ、評価評論する。そんな不遜非営利団体なのだが、チョコ菓子も当然よく食す。そこで


「おい、ふざけんじゃねえぞ


と研究会ブッチギリで不評を買ったみやげ菓子もまた、チョコレートだった。
というか、チョコが舌に溶ける際の、豊潤な情報量を見くびってはならない。そこには「こんなとこでいいでしょ感」も如実に現れる。


「チョコなめんなよ。このやろう」
「こんな、やっつけで喜ぶかっつーの」


スカスカな、ただ甘ったるいだけのチョコ。
それも異国のモノだとそのスカスカ感は基準を持たない。だからたまに、とんでもないチョココーティングに遭遇する。どの国の、そしてどんなお客のモノだったかはこの際伏せるが「みやげ」にも格と意識が当然出る。意識のないみやげは逆に、わざわざ届けた者への「逆効果」作用があることも付言する。(な? うるせーよな)


マカダミアナッツ系チョコの土産。


これも相応の覚悟をもって臨む。笑
店主からマカダミアナッツ系のパッケージ(あのいわゆる茶色い、筆記体英語のパッケージ)を見せてもらうと、果たして《どっち》か? 固唾をのむのだ。
ハワイをディスるつもりは全くないが、じつは「うまい」マカダミアナッツチョコは日本で買えてしまう。ドンキに行けば、あるのだ。果たしてこの「みやげ者」はどこまで考えてマカダミアナッツ系チョコを土産に据えたのか。ゴクリ、と。

たいていもう一杯コーヒーがほしくなる。ひと粒で
そんな砂糖がっちり、ガシガシなナッツチョコだったりする。しかしそんなこんなも含めたイタダキモノとの対話。交信。格闘(笑)。これが飽くなき《みやげ道》である。





最後はすっかり土産物の話になったけれど。
そんな感じだ。日本はチョコ民度がやたら高い。
最後に。
チョコにはガーナを代表とするアフリカの労働力問題も横たわる。少年労働だ。明治やロッテなど、チョコが主戦力のお菓子メーカーはその改善への取り組みもしているようだ。また、カカオやナッツの豆類も限りある資源。我々チョコラーはその「ぜいたく」を日々味わっている。



今日スーパー行ったら、買って味わおうかしらね






※【みやげ道】
上記だけだとヒトデナシ感満載なのでせめてもの、補足。
プレゼントと同義だが、「ホントは自分に買いたいのに・・」くらいのおみやげが、とても「相手に伝わる」プレゼントだと私は想っている。そう思うし、私も心がけている。むろん、ディスプレイでの「ジャケ買い」も飛行機搭乗、新幹線搭乗のギリギリでは余儀ない。余儀ないが、そこでのセンスとある種の「祈り」「よきものであってくれ」感もまた、重要だと想うわけだ。最後はココロなのだ。贈答品は「やっつけ」てはならない!