わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

青土社と挫折:ヴォイニッチ写本の謎

青土社から2005年に出版された本を紹介する。
ヴォイニッチ写本の謎(共著:ゲリー・ケネディ/ロブ・チャーチル 訳:松田和也

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・・・が、じつはこの本を読んだのは、2年以上前のはなし。
そしてこの本自体、自分の手元にはもうない。ブックオフに売ってしまった(爆安で)。
なので、想い出とともに綴りたいと思う。
が、「なぜ今」書きたくなったかというと、大抵のほかの「謎」についても言えることだから、という大層な大義もあるが、実のところ書かずに避けるわけにもいかないとふと思ったのだ。もう手元になく朧気だが書いておきたい、と思った。そうしぶとく思わせる本が「ヴォイニッチ写本の謎」である。

ヴォイニッチ写本の謎 | ゲリー ケネディ, ロブ チャーチル, Gerry Kennedy, Rob Churchill, 松田 和也 |本 | 通販 | Amazon


上記リンク、アマゾンのレビューにもあり自分も思わず同意するが、全380頁を割いてこのヴォイニッチ手稿の謎は「本当に解明できていない」という事実をつきつけるための本が、この本であった。
それだけ、真摯でとても良本ということだ。(二人の作家がほとんど鬱になって書き上げてもいる)

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ヴォイニッチ手稿なる、なぞの古文書が「いつ」作られたのか。それはおおきく二つの時代の可能性があるがそれもわかっていない。そしてこの古文書の発見とともに、多くのコードブレイカーが、謎を謎たらしめるその「人工文字」の解明に取り組むのだが、そのすべては失敗に終わるのだ。
この本では、そのコードブレイカー達の横顔の描写がなんとも素晴らしい。言うなれば、失踪したペレルマンが解いてしまった「ポワンカレ予想」に挑んだ数学者たちの挫折にものすごく似ている。一様にみな、自称「天才」たちは屈折してゆく。ヴォイニッチ手稿という難攻不落の謎に飲み込まれてゆくその姿は、哀れにしてまた、ある種の美しさがある。 映画「ゾディアック」の警部や記者のように。


ロジャー・ベーコンのいた、ルネサンス以前
錬金術全盛の中世16世紀。20世紀初頭の最発見
暗号技術。サイファー・・・



間違いなく「神秘主義」の影響・世界観を経由しつつ、結局のところどこにも属「せない」
魅惑的でミステリーに包まれたヴォイニッチ手稿を、この本で、充分実感できる。
この手稿に興味をもったならば、この本を読むのが、まずは手っ取り早い。間違いなく。
なぜなら「君の出る幕などない」という強烈な真実にあなたも早く出会うことができるから。

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本当に出る幕がない。
この本が記した途方もない検証とその歴史を鑑みるに「素人」に解ける可能性がまずない。
ヴォイニッチ手稿」とググると、ネット上には素人の与太な妄想・推察がたくさん出てくるが、そういう書き込みをする奴らはこの本を読んでいないということが、すぐわかる。
それだけ、決定的に、挫折の書であった。

せめて現代に可能性があるとすれば、今がAIの時代だということだろう。
この本が(日本で)出版されたのが2005年だから、前AI時代である。手稿に書かれている人工文字の全てをコンピューターに読み込ませ、そのパターンを学習させてなんらかの癖をAIが導き出したら、なにかがわかるかもしれないが・・・。

 

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この本を出版しているのは知る人ぞ知る、青土社である。マガジンでは「ユリイカ」や「現代思想」といったマニアックな月刊誌を出している出版社。
お高くとまってる? そうかもしれん。
この青土社が出す本で自分が購入した本は「ヴォイニッチ写本の謎」で2冊目なのだが「青土社」というイメージとその読書体験で結びつく印象を言えば、ひとことで言って


挫折


なのだった。「挫折の書、青土社」というイメージが自分の中にできあがっている。
なんたって、1冊目は学生時代に買った、

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錬金術の世界」(1997刊)だったのだから。この本もまた分厚く、重かった。
その中身の全てを錬金術の世界に注いでいるわけだが、中世ヨーロッパで興った中世錬金術は結局のところ、金を生み出せずに終わるのだ。その挫折の歴史が延々と語られる、というものすごくありがたく、信用できる書物だった。
当時(も今も)こういう世界が好きなオレは、熱にうなされるように読んだ。そして、読んでわかったことは錬金術師たちの完膚なき、挫折だった。
しかしその挫折と引き替えに、彼らはたしかに遺したのだ。蒸留という技術を。
彼らは金を生み出せなかったが、酒を生んだのだ。スコッチを、ウィスキーを生んだのだ。
なんて皮肉なんだろう、と思ったことを今でも覚えている。




青土社
ヴォイニッチ写本の謎」 そして、
錬金術の世界




今日のブログのテーマってなんだったんだろう? なんて自分でも思う。
しかし思うが、きっと、

本の素晴らしさ

という感慨に結局あたるだろう。
失敗、を描くのに数百ページを注ぐ本というメディア。
この共有度、シェア度、衝撃度はまさに、本でしかあり得ないではないか?
それに、古かろうがどうしようが、電子書籍にも出せないじっさいの「重み」というものがある。
失敗や挫折、つまり「無駄」に映る全ての試みに重みがある、ということをこの2冊の書がオレに教えてくれた。

そんな本を出版する会社は、どうであれ、要注意である。