読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

音にするとサムイから

日本語

今日は久々、「気になる日本語」のコーナーだ。
このコーナーは流行していたり、気になるナマな言葉をピックアップして指摘することで、明るい未来を目指すコーナーである。(今考えたテーマ)

しかし今日は、地味に気まずい。
なぜならこれから取り上げる流行のことばは一定数の友人・知人が多用しているからである。
そのただ、たった「ひとこと」にイチャモンをつけることで即ち、当方の持ちうる、ただでさえ少ない知己(ちき)との杯にヒビを入れることになるやもしれん。つまらん日本語の用法とうるわしき交際関係はいったいどちらが大切だといふのだらうか。ああ、嗚呼。

そんな前置きの(いのちがけの)命題はこのくらいにして、本題にはいる。
今日の気になる言葉は、  こ   れ   だ   っ   ! !








「ですー」






これ。
「です」「ます」の語尾に長音がついたもの。主にメッセンジャー、ライン上で見かける用法。
これが気になって仕方がない。以下、なんで自分が気になるか、挙げる。


① 完全な、チャット言葉(←今作った)であること

② 日頃会話で聞くことは皆無だし、もし聞いたら耳を疑うほどサムイから

③ 1+2なのに、じゃあなんで使うのか? よくわからないから

④ その実、なんとなく逃げている語尾だから

⑤ いや、完全に逃げているから



よって、オレは気になるのだ。だって、考えてもみてほしい。


❶ そうしまーす

❷ そうしますー



があったとして、あなたはどっちの方が好感もてる?

いや。わかるよ、「そうしますー」の「ー」には、関係性として、

● そこまで親しくないんだけど、親しくしたい
● 穏便にことを運びたい(語尾を伸ばさないのはそれはそれで強く、避けたい)

というコンテクストが詰まっていそうだ。しかしだ、音にしてほしい


「そおしますぅー」 だぞ?




寒すぎるだろ!
だったら、ますー、なんて伸ばすな!
普通に「ます」でいい!!




受け手にたてば、すぐわかることではないだろうか。出し手中心の用法にしか、オレは思えない。
みんな自分だって受け手になるのに、すぐこの「ますー」「ですー」を最近使ってしまう。
流行にのっとけ、感もあり、なんかものすごく気になるのだ。
なので最近のオレは、意地になって「まーす」と「でーす」を使うことがある。
(過去形は「ましーた」とは言わないし超サムイので、堂々と「ましたー」と伸ばすけど)



まじめに考えると、音にする、とはフィジカルな行為に他ならない。
自分の口から、声を出す。それを耳で聞いてみる。すると、わかることは多いのではないか。
ネットの言葉、ネットの文字は音にすると超サムイものが多い。
それはフィジカル(肉体)を伴わないからかもしれない。
むろんネットに限らずたとえば、村上春樹の書く会話文は、音読みすればサムイだけだろう。

やれやれ

なんて口に出してみよう。冗談でなければ、中二病のナルシスト丸出しである。この「である」とか「なのだ」など文語体も、口から出す必要も意味もない。 しかし、ここには自覚というものがある。
今、文章を書いている、という自覚。 つまるところ今日はこの、自覚のはなしだ。
その宣誓のもと、「そうなんですー」を使うなら、オレもこうして文句は言わない。
【ホントの生活では口にだして使わないけどさ、ま、今、流行ってるし使ってるんですー】
そんな自覚があれば何も言えない。それでも、受け手に失礼っちゃー失礼とは思うが(言わない)。
だが、あまりに無自覚に、まるで自動書記のように「そうなんですー」と使うのであれば、その無自覚さを問いたくて仕方なくなるのだ。 なので今回、敢えて(重い腰をあげ)、書いた。


いやー、これ。
白状すると、流行の初めにはオレも少し使ってみた。でも歯が浮くからすぐやめたよ。
しかし一定数の知人が今でも使ってるのでホント、気まずくもあるがとにかく、
音にしてごらん」 と言いたい(ささやかに)。 それだけなんだよ、言いたいことは。


しかも、指摘することすら野暮じゃない? 地味だし、こういう些細な点って。
「ちょっとまて。今、伸ばしたろ!!」なんて追えばそっちの方が充分怖いし、ドン引きだろう。
なので、こういうトピック立てとして静かに残したい。 みんな、音にしてみよう。

以上、今日はおしまい






追伸:「そうなんですぅー」をリアルに感じたければ、豊川悦司版「八つ墓村」を鑑賞するといい。
トヨエツ金田一が「音」として、この語尾の発声を披露してくれているから。
春だというのに、きっと何かを余分に一枚羽織りたくなるはずだぜ