わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

強制されるマジックと、やらない勇気

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クロネコヤマトの配送量臨界問題で改めて認識したいのは、
これが地域の「勝ち組」の悲鳴だということ。

ある時点でクロネコは、佐川と日本郵政を振り切った。それは個人宅レベルで3社を比較したとき沸き立つ「サービス」の違いからもわかろうと想う。日本郵便ははなから軟弱で相手にもならず、イイ線で張り合っていた佐川もあるとき、きっとこのレースを諦めた。
私は日々玄関の軒先で、そんな印象をもつ。

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実際佐川がアマゾンの配送権をもっていたが、2013年に運賃の値上げをアマゾン側に交渉。 交渉は決裂し、のちに撤退した。つまり佐川は激化レースで「やらない勇気」を行使した、行使せざるをえなかったのだ。(が、その後の佐川の労働状況はあまり改善してないらしいのだが。)先述出典
そしてこのたび、その独占権を勝ち得たクロネコも数年で悲鳴を上げた、というわけだ。
この経緯認識は重要に想う。
つまりこれって、今どの業界でも脈々と繰り返される【グローバルの圧力と現場の悲鳴】である、と。
「やるも地獄、やらぬも地獄」状態の構造問題(グローバル経済問題)である。

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「やらない勇気」。
みなさん、たとえば2024年オリンピック開催の候補地状況を知ってますか?
撤退に次ぐ撤退で、残ってる都市はロスとパリのみなんだそうだ出典。こんな有様ではもはやオリンピック自体、東京が最後なんじゃないの? と(まことしやかに)囁かれ出しているらしい出典。これなど、まさに【グローバルの圧力と現場の悲鳴】の変化系であろう。
こういう例えならいくらでも挙げられるはずだ。ファミレスの深夜閉店の件もそうだし、ヘタすると、昨今目立つアイドル/女優の引退問題もそうだろう。彼女たちは「やらない勇気」を行使したのだ。
今のイケてるトレンドと言っていいかもしれない。「わたし(たち)は、やらない!」


「業界最優良企業」を飲み込む構造(グローバル)問題。
おそらくアマゾンのスマイルマークは作り笑顔だ。スキームにあるのは競争原理のみ。人の情緒などお構いなしですすむグリードマシーンの様相がある。
どのみちクロネコの悲鳴なんて聞こえやしないだろう(じっさい私たちは4年前の佐川の悲鳴を聴いたか? 覚えているかね?)。それに、自社内に配送子会社を持つというリスクも考えてないだろう。
飽くまでアウトソーシングの「マジック」を信じるのだ。
言わば業者は日々、マジックを強制されつづけるということになる。


「ねえ、いつものアレ、出してよ。
 マジックよ、いつもどおり
 奇跡を早く起こしなさいよ。はい、ほら!

 ……どうしたの? なんで泣いてるの?」



私たちが今日から行えるささやかな行為はひとまず「PRIME会員」を外れることではないかな?(不買運動なんてダイエットと同じで続かないね。) まずは、プライム特急便の「あたりまえ」感覚を自分たちから和らげること。そして「あす楽便」がなくなろうと、時間指定すると3日遅れるような事態に今後なろうとも、決して動じないこと。(あ、あす楽は楽天のサービスか。)
なんでもやってくれる感覚をも、和らげること。 サービスなんだからやってよ、というパワースタイルは巡り巡って自分の首をしめることになるだろう。このレースはどうしたって、「スローライフ」側にマインドシフトしたほうが楽に着陸できるだろう、それは受け手も、送り手も。(といいつつ、日本郵便のようにオットリ開き直るのもかなり「シャク」なんだが。w)
とにかく、椅子取りゲームで椅子を取り合わないこと。
もうひとつ椅子を用意して、違うゲームをみなで楽しめないか? ーー言うは易しか? 歴史上、百人中100人の足並みが揃ったためしなど一切なく、だからこそ構造問題として君臨しているのだけれど、それでも、人の意識の6割(60人)が変わればパラダイム(概念)なんて平気でシフトするものでも、ある。

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このまま行くと「やらない勇気」が現実となる。
し、現にアメリカ/トランプ氏のステートメントがじっさいそうであり、すでに政権として現実だ。
たとえば2024年の候補地問題のように、アマゾンの配送をどの会社も引き受けなくなったら、どんな事態になるんだろうか? 不謹慎か? そうかもだが、そういったSF的アナーキックな誘惑も、空想家として自分のなかに認めざるをえないよ。

「誰かが引き受けねばならない」という尊く、気高い決心とおこないが、乱暴に扱われるのであれば、うやむやに忘却されるのであれば、誰も手など挙げはしなくなる。
当然ながら「リスペクト」という精神活動について、今言っている。
むろん配送業者は聖人君子でもない。営利の原理で動くわけで、アマゾンのみを敵になどできない。
しかし、その末端に属するドライバーが悲鳴をあげている、という事実こそが大切だ。
もっと言うと「意味の彼岸」について考えてしまう。
リスペクトを換金する? マネタイズ? でもどうやって?
それもそうだが、まず必要なのは「自己承認」だ。 「街の英雄」が少なすぎる。
少なくとも街の配送業者なしでは生活がどうなるのか、そこへのリスペクトの眼差し、意識がないと配送者はとてももたないだろう。 まさしく「意味」が彼岸してしまうのだ。
なぜ我々がいるのか、我々は機械なのかーー、そんな自問を余儀なくされるだろう。これがきつい。
そこに来て、DRONEの配送技術もやってくる。 これは1つの人間の尊厳をかけた闘いのようだ。


以上の点から、このクロネコ/アマゾン問題。
あまりにも現実的な問題だと、私は想う。
まずは軒先で、「いつもありがとね」と声をかけてみようよ、彼らに。