わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

アングロサクソンの遠き夢

大きなテーマすぎて、どう書いていいのか躊躇するが、書くことにする、
今回のUK、EU離脱の決定。
まさに、歴史、政治、経済、情緒、さまざまな面でどうとでも言える今回の事件。
なのでたんなる、個人の感慨を書く。


「あ、お前きったねーの!」

そんな子供のヤジをまず心の声として感じてしまった。EUの前身ECは経済圏の枠組みだったが、EUは経済のみならず政治的な国際協調を要求。蓄積した鬱憤が、こうした結果を呼んだ。

学級、クラス単位の合唱コンクールでも、練習を放棄する人はかならず現れる。
この場合、合唱コンクールはイヤだろうがときが来れば必ず訪れるので、当人も最終的にはしぶしぶ参加することになる。が、このUKの判断はそうではない。そのコミューンからの「離脱」を意味するからだ。クラスはおろか、ひいては学校をはなれるということに他ならず、ムラ社会で言えば村八分という言葉があるように、火事となんちゃら以外は協力せーへんよ?という掟に「上等だよ」と放言したようなもんだ。

開票後すぐに言われだしたことは「一時の優越感にひたった安易な決定」ということだ。
しかしこれは結果論だ。 それに公平さのないコメントでもあり、残留側のひとつの論調にすぎない。
実況中継的には、おそらく、ナメていたからだ。
スコットランドの独立投票のときの、「何だカンダ言って、イギリスの温かい懐に戻ってくるのよ、ほほほ」という女王の母性のような「読み」が世論としてあった。 で、その通り残留になったように今回も、「ナンダーカンダ」の呪文は有効、のように多くの人はおもっていたはずだ。

事実関係として、イングランドウェールズが「離脱」に傾き、スコットランド北アイルランドが「残留」に傾いたようだ。この土地柄のグラデーションはたいへん興味深い。
そして、72.2%という投票率は、現代においては評価できる、現実的な数字とも思う。
しかし、世代別に見ると、またちがったグラデーションが現れる。

18~24歳の残留派:75%
25~49歳の残留派:56%
50~64歳の残留派:44%
65歳以上の残留派:39% *1

 
若者になればなるほど「現状維持=残留」を唱え、老いるほど「離脱」にむかったことがわかる。そんな階段が見て取れる。もしかしたらスコットランド北アイルランドには若者が多いのかも知れない。

とにかく、このグラデは冷静に考えれば(怒りで湯沸器にならなければ)、非常に納得できる。
いつの世も、どこの国も、じじいには保守的でパトリオットな輩が多い。偏屈にもなるし、言っちゃえば差別主義に転じる者も多かろう。もう、自分の考えを変えようともしないし、負けても負けない人も多い。頭は硬直し、おまけに表情も硬直してゆくのが「じじいになる」ということの一つのステップである。そういう意味で、ため息をつきつつも、この結果に納得するのである。
彼らはきっと、19世紀的、アングロサクソンだけの王国を夢見るにちがいない。

難民問題でブレインデッドするEUで、2トップの片割れがこのように「離脱」する。
これでドミノ倒しのように、問題を「放棄」する国々がたくさん現れるだろう。
為替や株価が騒がれるように、これは経済の問題なのだろうか?
たしかに経済は大事だしわかりやすい指標だが、そこが本質ではない。

本質は、この「放棄」という哲学的・政治的破壊力のほうである。


☝でしつこーく書いたように、ヨーロッパの矜恃とも言える「普遍主義」はデリダ連合率いるネオ「相対主義」に20世紀の暮れに、負けている。その哲学の流れとして、今回の事件は見るべきだとオレは思う。
カネ・経済って結局、【問題は扱えないだろ?解けないだろ? そこでさいごにナニが残る? 金だよ金!】と言っているだけのハナシである。そういう意味では、JOKERのようなマイティーカードが「経済」という代物だよっつーことに、すぎない。ゆえに置いておく。

難民問題という、まさにパンと葡萄酒を与えんとする隣人への疲弊と、そのシームレスさ。
それはまさに「普遍主義」の切れ目である。
来たるべき相対主義の使い手は世界中、至る所にいる。いるし、時の人々だ。
あらゆるアイソレーションを扇動する政党、前ロンドン市長や、アメリカ大統領候補トランプ。
彼らは、確信的なのだ。 彼らは知っている。
人道主義も、普遍主義も「経済」の前では太刀打ちできないことを。
哲学の歴史をなぞれば必然的にそうなのだ。 そしてトレンドの相対主義は、なんら解答を出さないだろう。
まさに「放棄」して、そのままほったらかすことになる。 その様相は、残念だが、劣化に思う。
EUという理念はもう、ドイツがどう踏ん張るかに拠ってしまうだろう。
ゆえに、そんな体制が長続きするとも思えない。ソ連の崩壊のような節目が遠くない未来にあるかもしれない。


日本でも、【江戸時代ってすごかったんだよ。世界で初めて100万都市になってね】という、江戸よかったキャンペーンがにわかに打ち出されている。 オレはこの思想には注意が必要だと思う。
それは、19世紀回帰キャンペーンと考えれば、「離脱」に投票したアングロサクソン人のはかない夢とも似るし、孤立主義、差別主義にすぐ転じるからだ。
オレ自身に気の利いたソリューションはない。 ないが、思索をとめたくもない。今はここ、である。