わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

私家版/エディ・コイルの友人たち

TSUTAYAの「発掘良品」にて今年DVD化されたエディ・コイルの友人たち」(’73)
詳しくないが、日本未公開とのこと。70年代のフィルム・ノワールだ。
ノワール好きのオレとしてどれどーれ、どんなもん? と観てみた。
結論から言おう。
 
スーパー地味! 地味すぎて見終わった後、 編集 しちゃったよ!!!
 
 
我慢できず自分のPCに取り込んで映画を再編集しちゃったわけだ。
まさに個人による個人のための鑑賞! じつは我慢できないと、たまにやる
 
で、オレ編集版。
見渡すと、ずいぶん面白い!! 現代にアップデートした!! のである。
自分で再編集してしまう。 逆に言えば、それくらいこの作品は「気になる」/「気になった」のだ。
もったいないというか、素通りできないなにかがあった。以下、編集のセンセーションを徒然と綴る。
 
 
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①とにかく「ゆるい」!
たとえばN・ローグの「赤い影」に看るゆるさ。そういった、70年代初頭特有の風土、というか。
いや、当時もむろん傑作はあるわけで、言い訳にならない。
編集が「ゆるい」のだ。 観ていて「これ、尺が半分でいいだろ?」と思ったものだ。
で、残念に思うのは、ストーリー自体はきっとゆるくない、とリアルタイムに感じる「予感」もあるからだ。テンポがあまりに野暮だから集中力が続かず、狙いを落とす。
 
いや、このテンポが狙いなのか? おそらくその問いは「YES」だ。
ピーター・イェーツさん、だからあんたは野暮ったいんだよ! と思う。
 
EDDIE_COYLE_02.jpg
 
②飛躍のアップデートは必至
編集の愉しみは飛躍にある。 それは時と因果、両方のジャンプを差す。
なのに、イェーツさんは連続性(コンティニティー)にこだわりすぎている。編集すると「なるほど、なんでココで切らないか、わかったよ」という発見はある。 しかしだ。
 
その仕込みや伏線が効いてないなら、飛ばすべきだ。
せっかくの効果を野暮ったさが相殺しちゃうわけ。
 
フィルム・ノワールって「テンポ」がいのち綱である。だって「説明しない」ジャンルなんだから。
モノゴトを演繹(結果Because原因)でクールに見せてく訳で、なおのこと急がなければならない。事件の断片をすべて「見せ」つつも、急がなければいけない。 観客は待たん!とくに開始の30分!
あとこの監督、レーサー出身なんだよね。 愛情からか車のカットをあまり切らない。オレは切る。
 
EDDIE_COYLE_01.jpg
 
ロバート・ミッチャムが効いてない
主演のミッチャムと、武器ブローカー(スティーブン・キーツ)との丁々発止がこの映画の魅力の一つだ。 しかし、肝心の主演ロバート・ミッチャムがだめ。
ファンの方悪しからず。 オレは大根だと感じる。長回し気味の撮影も手伝って「うまいこと」言ってるはずなのに、長いし、効いてないんだよね。
 
もうそういうのは、オレ編集版ではカットである。だって観客(のオレ)は次にいきたがっているよ。
それと、言い訳めいた科白もカット! ノワールとしてふさわしくないし、キャラクターの熟成にも相性が悪い。そういうしかるべきカットで、主演の魅力が失われるのであれば、それまでのキャラだ。
 
長台詞をいい具合にカットしてみたら、さあどうなるだろう?
 
とボク自身この編集で愉しみにしたのだが、これが面白い発見。
ミッチャムが生き返ったのだ。「狙い」でありながらスベる科白や動作をカットしていったことで、キャラクターに潔さが出た! ミッチャムを締めることで、ネイキッド(むきだし)なタイトな緊張感が物語に出た。このことが本当に面白い。要は、監督が思ってるほど科白の中身は大事ではない
どの状態の誰を、どう置くか?でしかないさ。
 
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④S・キーツ、P・ボイル。 あとサントラ
脇の俳優がイイから無視できないんですよ、この作品。
とくにこれがほぼイントロデューシングの武器ブローカーS・キーツ! 彼の感度のよさったらね!
仏頂面ミッチャムと、反応豊かなキーツという組み合わせ。 そしてもう一人の仏頂面ボイルがまたいい。 このヒトは、「タクシードライバー」に出てたね。両人とももう他界されているけれど、ご存命ならタランティーノロドリゲスの起用間違いなしだ。
 
それと、サウンドトラック。
これは、やたらいい!(そうとしか言えない。) 音楽はデイブ・グルーシン
 
 
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このようにして、編集して愉しんだ映画「エディ・コイルの友人たち」
上映時間は
 
オリジナル/ 102分    82分 20分短縮。
グッと面白く傑作になりました!
 
 
「水増し」ってある。
いろんな思惑・予算から・興行面から「水増し」は存在する。
尺を伸ばしてみせる作品。 しかし、それらは絶対につまらなくなる。その物語にはそのストーリーにふさわしい長さがあると思う。もっとも今回のオレ編集版が正しいわけでもなく、フィットすればいいと考える、遊び。
 
映画のこんな愉しみ方、いかがかな?
面白いし少なくとも、作り手側にとってはマストとも言える遊びだ。