わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

戦争を知る傑作、二冊

今年の終戦記念日に、思うことがあり、本棚から読んでなかった文庫(置き本)を取り出しました。
 
 
伊藤桂一 「兵隊たちの陸軍史」
堀栄三 「大本営参謀の情報戦記」
 
 
2冊とも、当時軍部に所属し、戦争を生き抜いた作家によるノンフィクション。伊藤氏は陸軍のイチ兵隊として。そして堀氏は参謀本部の情報部として。
2冊とも、傑作でした。(終戦記念日とのタイムラグはボクの遅読ゆえです)「兵隊たちの陸軍史」は明治以来の陸軍の歴史と風俗がリアルで、一気に読みました。「大本営参謀の情報戦記」のほうは、小説形式の日記(まさに戦記)であり、遅くなりました。しかしながら2冊とも、傑作なのでした。すこし、感想を書こうと思います。
 

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兵隊たちの陸軍史」 伊藤桂一
これは陸軍史であり、兵隊たちの生活史。陸軍史としては日本のアーミーが、いかに隆盛したのか。作者は史実を研究し、提示してくれています。西南戦争から始まり当時は何人程度の派兵だったのか。
それが、明治の終わりにはどれほどの規模で、どんな組織になったのか。日清・日露戦争、またその向こう側へと向かう陸軍の「成長」「拡大」「増殖」が、如実にわかる本でした。
印象としては、本当にビジネスです。ひとつの企業がどんどん大きくなっていく感覚といったらいいか。そのモンスター企業が大日本帝国陸軍、だった。もちろん帝国海軍も大差ないでしょう。
語弊を怖れず言うと、これだけのモンスターが壊れる/壊すには、徹底的にやられるほかない。それが、太平洋戦争の完敗(惨敗)ではなかったか、そう本からボクは読み解きました。
8月15日は明治よりつづいた帝国陸軍の命日なのです。彼らは最後の帝国軍の兵隊だったのです。

生活史としての本書。これが、じつに興味深いのです。
兵隊を作る「兵営」での2年間がどういうもので、どんな意味があったのか、具体的に提示されています。また給料もがっちり明記されています。大佐と一等兵で、どれだけの格差があるか。伊藤氏は組織としての陸軍を実体験で、明かしています。まさに題名通り「兵隊たちの」なのです。
 
組織である以上、上司がいてゴマスリと政治があり、の世界。軍部はトップダウンの極みです。
そのトップダウンの極みを描きつつも、様々な例外もこの本にはあります。
狂った中隊長にお灸を据え、置き物として監視(ほとんど監禁)しながら、実権は少尉がにぎったエピソード。さらには「地獄の黙示録」よろしく、敵の隊長が日本軍将校の可能性があった事件(!)など、盛りだくさんだ。(また未だ問題となる従軍慰安婦についても、資料を基に現場の情景が作者の視点で描かれています)
そして戦場ほど、運に左右される場所はないと断言しています。この言葉も深すぎる
隊長が誰か。アドレス(戦地)はどこか。いつ派遣されるかーーそういう「運」で自分の命が決まる、自分の生死は簡単に決まるのです。それが戦争という場所だと断言しています。
 
伊藤氏は、中国戦線の要員として、終戦まで日中戦争に従事しました。
その実体は「ゲリラ戦」だったのだ、とも改めて感じました。アメリカがベトナムで遭遇したゲリラ戦。そんなゲリラ戦のなかにいたのが、帝国陸軍だった。
つまり、まさに泥沼です。移動に次ぐ、移動。食料は各隊現地調達。地の利を活かした中共軍のゲリラ活動……。しかしそんな混沌のなか、現地部落で結婚式の仲人を頼まれた、佐々木少尉の話など本当に泣けてくる。伊藤氏自身も、終戦の日、世話になった現地の人との交流の瞬間を、書き綴っている。


私は笑いながら楊(ヤン)に近づき「とうとう日本も敗けましてね」と冗談のように
いいかけるつもりだったが、いざ楊に向けて歩き出すと、笑うどころか、泣きそうな
表情になってくるのが自分でわかり、仕方なくそのまま近づいて、何となく楊に頭を
さげ、それから、「楊さん、日本は敗けました」と、ごくまじめにいった。
 




 
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大本営参謀の情報戦記 ——情報なき国家の悲劇」 堀 栄三
 
ドッグイヤーの嵐。 ページが折れておれて仕方ないです。
昭和17年の年末、陸大を卒業し18年の秋から参謀本部第二部(情報部)に配属された堀氏の戦記。
つまりエリート側から見た戦争であり、同時に、当時の諜報の現場より書かれた本です。
18年の秋といえば、ほぼ、開戦から2年がたとうとしている。……が、当時、情報部の米英課は庶務やタイピストをあわせても、なんと、
 
 
40名ほど・・・・・・
 
 
それも「落第者」として堀氏は米英課へ廻されるのでした。(当時花形は「ソ連課」でした)
いいですか? 当時日本に人口が7千万くらいいて、アメリカの情報の捜索隊がわずか40名ですよ?
その後、当然の結果として米英課は規模が膨らむのだが、どれだけの意識かが如実にわかります。また、堀氏はこのあと米英課の「切れ者」として活躍していくのですが、おそいよねぇ・・・
(ちなみにのちに、山下方面軍が彼を起用したことなど、堀氏の実績は間違いありません)
「新人」が自分の判断と責務で必死に米国の動向を推理していくのです。むろん作者は上司や同僚への敬意を忘れないのだが、この軍部の「情報」への意識の低さ/対応の遅さに、まず面食らいます。
 
しかも、あくまで第二部なのです。
参謀本部の花形中の花形が、第一部、作戦課なのでした。で、堀氏いわく、情報部が作戦課の会議にいっしょに参加したためしがない、と言っています。さらに作戦課には奥のおくに枢密院らしき機関があって、固いカーテンが閉じているという。
 
 
 
くそでしょう?
 
 
 
そうなんです。どれだけ「くそ」なのかを、この本は訥々と描いています。よく「陸軍はだめで海軍はよかった」的なイメージが流布されますが、海軍の愚かさもこの本読めばわかります。
駆逐艦5隻大破! 敵空母1隻大破!」と戦況があがるなか、堀氏は疑います。
いったい「だれが戦果をみたんだ?」そして「どう確かめたんだ?」ーー現地で問い詰めてもどもるばかり。「戦果ウタガイ多シ、注意サレタシ」と電報をうっても上層部は握りつぶしてしまうのです。そこで彼の赴任後19年に初めて偵察に「カメラ」を導入するのです。いいですか、はじめて、ですよ?
 
また萎えるのが、米軍の動向を調べるとどうも6ヶ月でローテーションしている、と気付くくだりです。つまり、エースクラスは6ヶ月おきに登板するのです。それまでエースはリフレッシュするわけだ。
当時にかぎらず、甲子園で一人のエースが決勝まで戦う日本に対して、米国はどうか?って話です。軍服も摩耗期間を3ヶ月と定めて、新品の軍服が供給される米軍の兵隊にたいし、日本の兵隊は一枚の軍服でいってこーい。それも、食料だと? 現地で調達しろ!の世界・・・。
堀氏は冷静に、敗戦の要因を分析しています。


 
鉄量のちがい
制空権 空軍の不在
情報の(地位の)なさ
 

 
目には目を、であり、敵が30ミリ砲なら、こっちは40ミリ砲でなければならない。
そして制空権。大日本帝国には空軍がなく、最悪の要因だったとしています。
時代は「空」が舞台となっていた。どれだけ制空権をおさえるか。(今は宇宙)
また大東亜とは大義ではいうが、米国によって東アジア全域におびき出されただけだ、と堀氏は分析します。相手としては勢力をタテにひろげさせて、食料や兵力供給を絶てばいい。制空権を抑えれば、それだけ供給源を絶てるわけです。で、この米国のシナリオはすでに大正時代、アメリカの将校によって対日本戦レポートとして提出されていたことなのです(本書にもあるし史実としてもレポートはある)。

供給を絶たれたあとは、地獄の南方戦線が待っていました。それは史実が物語っています。陸軍は、島を陸地と勘違いしたともしています。ジャングルはジャングルであり、地の利もない。しかし軍部は、往年の成功体験にとにかくしがみついたのです。
 
情報のなさ。これは内外で。
アメリカは開戦即座に日系人を拘置した、と堀氏は悔しがります。リソースとしての日系人。スパイにも使える/使われる人材を相手はまず押さえたのです。「情報」にたいする、意識の違い。 それは現代につながる警句でありつづけるでしょう。まさに、
 
「己を知り、敵を知れば百戦危うからず」
 
ーーしかし、この警句ほどハードで難しいことも、そうはないのです。
己と、敵を知るには何が必要だろうか?
不必要なことはただ一つ、それは「虚栄心」でしょう。虚栄心を捨てることからはじまる。冷静な分析ほど、日本人が苦手なことはないように思えるのです。それは今、現代のあらゆる点でも言えるとボクは思います。また本文を引用します。


 高度成長とともに、情報という言葉がこんなにも頻繁に使われ、情報という文字を使えば人が飛びつくような時代が到来してしまった。しかしそういう情報は、相手の方から教えたい情報であり、商品として売られるべく氾濫しているものである。
 ところが情報の中には、売りたくない情報、知られては困る情報も多々ある。(中略)この争いが情報戦とか、最近では諜報戦などと言われている。

 

戦後は父の教えに従い、自らの経験と教訓を発表しなかった堀氏でしたが、これからの人たちへとこの本を書いたそうです。1996年5月が初版。たしかに当事者の体験記としては遅い部類に入るでしょう。
その一年前の1995年、6月に82歳で堀氏は亡くなりました。戦後西ドイツの初代武官時代のエピソードも巻末にあり、その話もしびれます。
 
 
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伊藤桂一氏 堀栄三氏(左より)
 
 

以上。 すっかり長文になりました
お二方とも、話を戦死した方々から採っていて、言葉をとても選ばれていました。
戦争を知るマスターピース、二冊の感想でした。