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わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

ギブとテイク

演出の話
これももうほとんど自分のライフワークですが、「ギブ」と「テイク」。
ここにぶち当たることは多い。で、オレはいつもそこにイライラしている気がします。
自分のイライラポイントは確実にここにひとつありそうです。
 
 
 
おいおい、ギブはどうしたんだよ?
 
 
 
って思うことが多いからです。 で、この点もまた、深遠に延々ループする。
ヘタするとダブルバインドです。 はたして、オレも「ギブ」できてるか?って内省の話にいきがちだからだ。親孝行はしてるのか? ・・・ 今まで与えてくれたヒトへの恩返しは? ・・・。 ・・・。 吐血。
 
こちらは「ギブ」する用意がある。
で、おまえにそれが見えねえよ、ってとき。 無性にイライラする。
なに? オレ、それでもギブすんの? あんさんを満足させるためだけにかい?
ギブギブ、やだよ。そんなのふざけんな。ってトキに思うわけです。
(※注:調子悪いときOR開き直るとき)
しかしそう拒絶すると、なんかソンした気分になるし、自分の辞書に反したようで機嫌も悪くなる。ゆえに、それはそれでイライラするわけだ。オレは狭量のドケチだ、と。
 
お気づきの通り、これはコミュニケーションの話。
仕事や生活ではない。 もっと割りきれない場の話だ。
 
単純に言えば、聞き上手の人間が少なすぎる。 みんなてめえの話でウズウズしてる。
で、また、この問題自体が深遠なわけです。
つまり、そんなおめー(オレ)のギブ&テイクなんて知ったことか?という「思想」にぶちあたるからです。お前だけが世界の構成員じゃない。 ギブとテイク? 考えもしねえよ。 端からそんな気はねえ。
そんな立場のひとも大勢いて、そんな外交・折衝も人生の一部分であるからだ。
ここが深遠。
わからなくなるときがある。くどいようだが、これはコミュニケーションの話なのだ。
 
 
ひいては、「等価交換」という問題にも直結します。
130円自販機に入れればドリンクの購入マークは点灯します。これもギブ&テイク。
オレの言動と欲求もこれなのだろうか? ポチッとってことか? しかしちがいたい、という横やりの思い。この「ちがいたい」にも何かが埋まっている。 何かが埋まっていると「信じたい」わけです。
 
あんたもオレも、そりゃ等価交換マシーンじゃねえけどさ、もう少しキぃ使えないわけ? って強く想う。
 
しかしここに意識を向けるともうすごいわけです。 魑魅魍魎のゴースト(←自意識)に囲まれることになる。で、自分自身もゴーストと化し、必要以上に疲れるのだ。 だからライフワークとして考察に値するのです。
なんとなくわかっているのは、これは煉獄(れんごく)の一種だということ。
心理学の話ではないが、結局は、間違いなく自分を投影している、といえる。 だからイライラするのだ。反対に、じゃあどんなギフトならいいんだよ? と自問すれば、ハッとしてその場は落ち着けるはずだ。
 
そこまではわかる。 わかっている。 これは煉獄であり、課題であり、試練なのだ。
いまきもちわるい! と思っている湿度というものは、次のセクションにいけば、涼風なのだろう。いつかその涼風モードへたどり着きたい、と切に願うよ。
 
 
たとえばあらゆる宗教は、各人の持つ、「必要以上のイライラ」を和らげるためにあるのかもしれない。その別名が「神との交信」というものなのだろう。
それになにより、あらゆる芸術作品は、このイライラからの「解放」が正式に許可されているのだ。芥川だって、こんな気分のときに「蜘蛛の糸」を書いたのかもしれない。