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わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

69回目の夏

日々のこと
今日は太平洋戦争で日本の敗戦が確定した日。 終戦記念日
今日ほど、戦争について考える日も、そうはありません。
ですので、すこし、考えます。
 
 
69年前のこの日、日本人の多くははじめて天皇の声を聞きました。玉音放送です。
ボクの父は生後1ヶ月。 母は生前2週間前。 のことでした。
父や母の母が一人でも空襲などをうけていたら、いま、ボクは微塵もありません。
いつだったか、何かを聞きかじったところでは、この日の天気は多くの地域が曇天のくもり空だったらしい。晴れ、というイメージはまさに多くの日本人の潜在的な心象なのでしょう。
 
とにかくお盆真っ只中の、その日から69回目の夏。 それが、まさに、今日です。
69回もの夏の到来で、69層のグラデーションができました。 そのことを考えずにはいられません。その戦争という記憶の想念は、確実に、年々薄れているだろうからです。 両親をふくめ、丸ごと「戦争をしらない子供たち」にとっての、記憶。 ここにはなにがあるのでしょうか。
 
昭和天皇の誕生日が「みどりの日」というヤンワリした祝日になったように(しかも07年からはGWに異動)、この時期といえば「ガラスのうさぎ」が毎年流れていて戦争特番多かったなぁという80’sの記憶の糸でさえすでに心細いように、戦争という記憶は国単位で風化していっていると思います。
「戦争」ほど、大きな象もありません。目をつむってさわって、象ってどんなですか?
 
 
 「象はざらざらしてるー」「象は固ーい」「象は大きーい」
 
 
そのすべてが正しく、しかし、全体像を語っていません。
その象のたとえの最大級が、「戦争」だと思います。
後人がどんなになにかを解析しても、全体像では(当然ながら)ありません。
歴史認識という面からも、ボクたちはダブルバインドを余儀なくされています。
まずもって象の実体に(目隠しでも)触れてさえいませんので、戦争をしらない者になにがいえる? というロジックに当然ぶち当たります。 むろん謙虚に受け止めるべきことで情緒面、人情面、あるいは思想面、経済・エネルギー面、外交面、謀略面など、当時のミクロとマクロのごった煮のなかで、「これだ!」なんてことはなく、故にダブルバインドされ、つぐ言葉が見当たらなくなるのです。
 
でも、確実に、大きすぎる象は通りすぎていきました。
69年前の今日をその、ひとつの境として。
(シベリア抑留や小野田少尉など、カオス的なピリオドの数が、当然あります)
 
 
今朝知った記事で「物忘れは年のせいではない」という興味深いトピックをしりました。むしろ経年で脳の経路はふえていて、結局、足りないのはフィジカルの繰り返しなのだ、という主旨でした。「年のせい」にしたいのは、その繰り返しを「経験」や「予測」を引き合いに単純に億劫がるからだ、と。近道はなく、やり手のホテルマンはひたすら常連客のリストを毎日たたき込み、名前を体でおぼえるらしい。
 
そういう意味で、戦後は69才。 なのかもしれません。
発達しても、億劫がっているのかもしれません。
大きすぎる象に、しつこくくり返し触ることが必要なのではないでしょうか。
私たちには目隠しがされています。
でも触ればさわるほど、全体像に、1ミリでも、近づいていくのではないでしょうか。
それが彫刻の象でも。象の爪痕でも。 少なくとも象がどんなであったかを立体化できるでしょう。こう言うのは、今のボクたちにも、ふしぎな象が足音をたててやってきている状況かもしれないからです。
 
 
安倍首相は9条の解釈をかえる、という戦後69年目にして初めて、わけわからんことを言い出しました。これは「ふしぎな象」をよびだす儀式なのかもしれません。
戦中の庶民には表現の自由はありませんでした。 石油は封鎖され、身も心も情報も、貧しくなりました。「欲しがりません勝つまでは」と庶民同士もバインドに励んだあげく、泣いたのもすべて、庶民です。
ふと思い出しました。 当時の記録として、伊丹万作氏の手記を紹介したく思います。
そして、ボクはボクなりに目隠し上等でトントンさわってみます。
 
 
「先生ー!この象は結局、経済が主犯の可能性がありまーす!」
 
 
ボクたちは、「いま」を見つめるしかありません。
歴史的に言って、特にエネルギー関連のバランスは戦争のマストアイテムですから。
また歴史的に「カネの臭い」のしない地域の戦争には国連さえも腰が重いのですから。
感情はいつだって、行動のあとにやってきます。ぞうが踏んだから痛いのであって、痛いからぞうが踏むのではありません。ミクロ(感情)とマクロ(行動)は切り分けたほうがいい、とボクは想います。マクロの動向にはどうか注視を。
 
 
話が逸れてしまいました。
太平洋戦争で310万人の方が亡くなりました。(当時の人口7260万人です)
つまり知っているアノ人が亡くなったという事件が、310万件もあった戦争でした。
今日はお盆で、親族の霊のみならず、その戦没者を弔う日。
311もそうですが、こんな記念日は少なければ少ないほどいい、と本当に思います。
ありがとうございました