わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

エトロフ遙かなり、1993年

1993年はTVドラマ史的に超重要な年だと思っている。
 
 
その年の11月、4週にわたりNHKで「エトロフ遙かなり」が放送されたのだった。
高校3年のボクはそれを目撃してしまい、脳天が痺れ、そのドラマに夢中になった。
エトロフ遙かなり。ボクが知っている「特別ドラマ」の中で、この作品を超えるものは、まだない。そんな屈指の傑作が、いままでDVD化されていなかった。が、ついに、ついにDVD化されたのだ!


ファン待望の、本当に待ち望んだDVD化だ。いや、もうみんな諦めかけていただろう。
版元は20周年とか考えたのか?(このことは後にも触れる。)
とにかく最近知り速攻で購入した。そして本当に20年以上ぶりに8時間一気に観た!


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感動・・・。
なにせ20年ぶりの再会なんで言葉が出ない。感想とかちょっと待って欲しい。当時、ビデオデッキは我が家にあったはずなのに、これは録画していなかった。なんてことだ・・。
以後、再放送されることもなく、VHSは販売されたがパスしているうちに絶版となり、そこも悔いた。この手元におけた感で、4週間は酒のつまみになるほど(って呑めないが)なので、ちょっと待って欲しい。落ち着け・・・ おちつけ、オレよ・・。
そんな8時間の至福。大切な再会のようなリファレンス。

そして自分の中で「なぜ傑作なのか」がこの機会にはっきりした。


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先にことわるが、このドラマは20年前の技術で、合成処理は今観るとハメこんでるとすぐわかる。説明的な科白にも満ち、その「場の説明」は今観ると大半がなくていい。とくに岡谷ゆきの科白。宣教師役ロニーサンタナの日本語はやや聞き取れず、英語であればもっとよかったのに、ともいいたい。
なぜなら主人公とのやりとりは物語の設定が米国のスパイなのだから、日本語で会話するほうが不自然で、英語ならもっとスリルは増したはずだ。
・・・など、今観るとヘンに気づいちゃって「こうしたい」は他にもたくさんある。が、だからと言ってこのドラマは色褪せてなどいなかった。あの張りつめる緊張感もそのままだ。むしろ20年たってようやく全てを理解し新鮮に言い直すことができる、

「これは傑作ドラマだ」と。

 
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原作は佐々木譲の「エトロフ発緊急電」。物語は日米開戦前夜の、一人の米国スパイの物語だ。そのスパイは優秀だが有色人種であるがゆえ、裏街道を歩かざるをえなかった日系2世である。彼は潜伏をとおし、帝国軍部の超機密ミッションで戒厳令が敷かれる、エトロフ島に渡ることになる。ハワイの日本人娼婦、訳ありの宣教師、炭鉱を逃げスパイとなった朝鮮人、千島を追われたクリル人・・。
そしてロシア人との「混血」私生児でエトロフに生きる女。そんな彼らが思い思いに彼を助けてゆく。スパイはふれあいを通し、抑えながらも様々な感情を覚えていく。
 
対決するのは執拗に追う陸軍憲兵と、エトロフに左遷された海軍士官。海にはうごめく艦隊の群れ。いよいよ単冠湾を出発する海軍。しかし行き先はどこなんだ?

そうか、ハワイか・・
辺境の地で無線暗号を送ろうとする・・が、彼はついに追い詰められる——。
 
ワクワクしなかったらうそだろう?
日系人が主人公。それも帝国が敵側というこの設定は、唸るほかない。男がスパイになる過程。東京での緊張感ある攻防戦。また辺境の地が次第に主戦場になるスケール。
それにこれだけマイノリティが登場する骨太のハードボイルドを他に知らんよ。
あるなら教えて欲しい。
 
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主人公ケニー斉藤を演じるのが永澤俊矢。まずはもう徹頭徹尾、彼の魅力に尽きる。
このドラマがデビュー作である。彼の存在感は今観ても鮮烈すぎるほど、鮮烈。
ドラマ(映画)はキャラクターである。応援したいキャラクターがあってはじめて物語が生きるもの。スケールの大きい物語にダイナミックな新人。この組み合わせにワクワクしないわけがない。
 
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間違いなく沢口靖子の代表作でもあり、阿部寛も演技に開眼する時期の貴重な配役だ。
吉川十和子の役もよく、金守珍洞口依子、宣教師と対決する大橋吾郎も素晴らしい。
 
脚本と演出は岡崎栄。数年後、名作「大地の子」で上川隆也をも見い出す目利きであり実力者だ。今回初めて気づくのだが、第2/3部の演出は上田信という演出家が担当されていた。もう一つの魅力が、渡辺俊幸サウンドトラック。テーマ曲の雄大さ、ハードボイルドと緊張を持続させる劇伴、悲哀を帯びるクレジット音楽。そのどれもが一級品。
そして全編を貫く賛美歌「アメージンググレイス」とケニー斉藤のハーモニカ。それは魂の浄化と「自由への意志」——その継承の物語であることを示唆する。

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なぜこうも、出演者と制作者にとって各人の代表作と誇っていいこの作品が、長い間干されたか?
そのことも今回再会し、容易に察しがついた。

しかしその推察は考えるほど、実に寂しく下らない政治だ。
被差別の問題と北方領土とも言えるが、おそらく引っかかったのは南京事件のくだりである。このドラマにそのシーンが描かれていなかったら、おそらくもっと早くDVD化されていたのだろう。
しかしくり返すが実に淋しい政治をNHKは施した、と言いたい。もっともっと早くオレは観たかった。
NHKよ、もしそうだったとしたら筋違いだ。このドラマは戦争と差別の悲劇に貫かれている。
それはどの国でも」とこの虚構は断っている。あの場面もなくてはならなかった。未だ論争があってもだ。挙げ句このドラマの冒頭はクドいまでに「これはフィクションです」と標榜しているにもかかわらず、だった。
 
20年は再会には長すぎる。蛇口でとめんでくれよ。この長き蔵入りは制作陣にたいしあまりに失礼だ。これは多くの人が触れるべき大きな物語なんだよ。
(もー怒ったから、スチールのせまくるゾ! プンスカ!)
 
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冒頭に93年は重要な年だった、と書いた。
なぜなら、CX「ラ・キュイシーネ」の特別枠でFried Dragon Fishが放送された年でもあるからだ。つまり岩井俊二のドラマ部門最高傑作もこの年ということ。
その、どこが重要なのか?
 
 
それはこの2作とも、他と比べて、あまりに特異だったからだ。
 
 
日本ドラマにあってはじめて多国籍で、外の目線から描かれた傑作ドラマが突如、2作生まれたのだ。そしてはじめてにして、その後、後発のないこの系譜は、あまりに貴重、という他がない。今回手にして想うことは、この系譜が特別で貴重だという状況自体が、あまりに寂しすぎるということだ。
 
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エイリアンのいないドラマのなんと骨のないことか。
日本のクリエイティブはどれだけ不可解な存在、近くても遠い「外」の視点を描いてきただろうか。
 
とくに「エトロフ遙かなり」が賭けた逆転のダイナミズムを超えるドラマがこの20年にあっただろうか。このDVD化は自分への贈り物だ。20年ぶりの再会はそのまま、自分自身の内なる想いの再発掘である。
当時はただ「かっけー!」だけだったものの正体がわかることに、とにかくハッとする想いがある。さあ皆さん、今からでも遅くはないですよ。なんたってDVDが出ました。
 
ん? 高い?
 
では近場のレンタル屋さんに急いで、どんどんお店にリクエストしましょう!
この緊張感溢れるハードボイルドを、当時のドラマ水準の高さをどうかご堪能あれ。

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以上、敬称略でお贈りしました。
この記事はこのドラマの制作陣とファンの方々に捧げます。長文になったが、きっとそんな方々はもっと長文でも付き合ってもらえるものと思う。敬具