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わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

ゲオPt.3 「告白」レビュー付き

感想・評論
完全備忘録。ゲオ会員第3弾


 クドカンがすごくいい。通過儀礼の物語。なので後味はとても爽やか
●アフタースクール
 2度目。すっかり内容忘れてた。この監督の作品はとにかく好みがわかれる
 同じ題材にさせないという気迫を感じる。作る毎にボリュームが上がる監督だ
 言いづらいが、類型的で話の起伏がつかめない。ボイルド好きだが正直退屈
 借りては返しでようやく鑑賞。ザブングルをふと思い出した。最終章泣けたなぁ…
●告白
 傑作。鑑賞を避けてきていたが。復讐劇、その暗く虚しい道を歩ききっている。
 その勇気たるや。復讐の社会性が高いと観る者は映画を忘れる、という好例で
 その意味でやり切った勇気ある映画

ひたすらメモに留める・・・つもりだったが「告白」は筆がのびる。これはしかたない
しかし現代の日本映画はメモですら気を遣うネ・・・。すべて敬称略です
 
※それでは「告白」の感想が読みたい方は続きをどうぞ ↓↓↓

 

 


kokuhaku.jpg

というわけで「告白」はもうすこし触れたい。
中島監督の作品はよく観ていたが、これは、もうずっと避けていた。
ヤな目線でしょ? やだよと。でこのたび、ゲオ会員になったので(?)借りて観た。
 

もうそれはそれは血中濃度のあがる、グッタリ、疲れる映画だった。
 
 
だが、なぜ「疲れる」のかというと、その映画がリアルタイムで体内に入って刺激するからだ。 この映画がいいのは、疲れさせといてオチない映画ではない、ということ。
よろしくない映画の数々はさんざんヤな目線を体内に注入しておきながら、たいていENDマークが弱い。 これはギリでそうではなかった。 もちろん後味は最悪だがオチている・・・ように思う。 充分重い・・・。 しかし判断がつきかねる ・・・ちゃんとオチたのか? ・・・それともダメだったのか?
これはもう一度観なきゃだ、と2度観た。
 
 
映像のトレースは大切だ。 脳内でまとまった想念は時に誤作動を起こすから。
2度目は「可能性」が消えるから冷静に筋と構成を追えるわけだ。 2度目も血中濃度はかなりあがるが。すると初見ではそこまで深く考えなかったものが見えてきた。
この物語の男と女。

この物語の被害者はすべて女性だ。
で、殺人者は男性。 そんな単純なことを2度目に気づく。
この映画は「生」を直接生産した「母親たち」と、観念を培養する「男ども」という構図とも言えないか? 容疑者AやB(やウェルテル)にたいする女性の物語は、母親のグラデーション。 森口、Aの母、Bの母。
まなみちゃんという純真のファーストキルでコンプレックスの祭は始まる。 カリスマ教師も放浪中HIVウィルスをもらう。つまり聖者ではない。ここも何気にポイントだ。

橋本愛に込められたものはなんだったろうか?
それはたぶん、「日本的フツウ」と、「まっとう」の象徴だ。
ネットに影響されることもフツウで彼女のヒューマニズムや、仮説の立て方も全うだ。ある程度偏って歪んでいること自体が、その年頃のまっとうだという意味で。
しかし、フツウの仮説は通用しない、というか大間違いだったよ、というメッセージのために彼女は殺される。 全うであれば、人を殺さないし殺せない。 が、全うでない人間もこの世にはいる。
 
しかし、それでも、殺すことは何にもまして、罪なのだ。 だから裁きがくだる。
 
これ以外、この映画にテーマはないよ。
そして、その罪は少年法で守れる範囲にない、と言っている。
 

Shinokabe.jpg

養老孟司は「死の壁」で「人はなんでヒトを殺してはいけないんですか?」という問いに答えている。「人体という復元不能で豊潤なシステムを、強制リセットしていい権利は誰にもない」、という大意だった。

この映画で描かれるのはまさに「強制リセット」だ。
そこにどんなバックボーンがあれ、その行為は裁かれるのだという物語。
その物語の前には「バカ」とか「単純」とか「可哀想」などの符号は観念にすぎない。
森口は黒板に「命」と書く。 そうとしか書けなかったからだ。
 
 


さて最後に大学は爆発したのか?という解釈問題。
ここがオチるかどうかの瀬戸際である。この個人的結論は、「してない」に5千点だ。

仮に爆破させていたら、多くの犠牲と影響がふつうに生じ、復讐の応報は拡散し終わらないからだ。Aがスイッチを押したことが重要で、殺人の手助けをすることが目的ではない。Aは精神がフルボッコ状態のうえ、ネットには告白ビデオが残り、母親も自分も生きているほうが、煉獄だ。
なにひとつ成就しないうえ、図星をついた少女殺害で捕まり、いよいよ「殺人者」の人生が待つ。 そんな息子に会うだろうか? それどころか研究者の道も閉じていく。 Aは追憶のたびに、フルボッコだ。
森口は導線を切った、と言っていて額面通りだ。 准教授の机の下に起動しない爆弾があるだけだろう。
 
そう解釈すると、彼女は復讐者でありながら、同時に人間の尊厳を守ったことになる。
だからこそ、「これからあなたの更正がはじまるの」という科白が重い。
 
あるいは、だからこそ、Aの「妄想」は大爆発するのである。だって監督としてはこの物語で唯一、開放できる自由で「欲望」の舞台にようやく辿り着いたんだから。
これだけ歩ききったんだからご褒美を自分自身に与えてもいいではないか?
それに、そうとらえた方がAの哀れさが沁みるよ、逆時計自体がね…。



いやしかしまぁ・・・・・・・・・暗い・・・・・・むなしい・・・

最近の日本映画って、歯ごたえのある作品ってどうしてこうもこっち系なんだろうか・・・