わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

レトリックの流行を考える

今回はまったくオチのないトピックですが、接続語の流行廃りを取り上げます。


「とはいえ」

これはブームが去りましたが、確実に「とはいえ」ブームが世間にあったように記憶しています。

●●●。と言い切って、「しかしながら」という意味で「とはいえ△△」とつなぐ。

この言葉を最初に目撃したのは意外に古く90年代末のことです。 当時、リリーフランキーがぴあ誌上のコラム(石井輝男に主役を振られた回)でこのコトバを使っていたのがボクの最初の記憶。
へぇ、面白い言い回しだなぁ、と思ったものですが、その後様々な書き手の「とはいえ」に触れ、ちょっとキモチ悪くなりました。この言葉でレトリックの流行を意識しだしたのかもしれません。


「ーーものの」

今、世間で流行しているコトバが上記の「ものの」だと思っています。
「けれども」や「・・・が」と言った馴染みの繋ぎと同義なんですが、とにかくフレッシュでありたい!良く見せたい!、という強引な願望が見え隠れしています!
個人的にはもうあまり使わないと思いますが、WEBや雑誌や同僚との会話を注意して聞いてみて下さい。 いま、流行ってます。


「鉄板」や「ガチ」は言うに及ばず、「やっぱ」はもう日本中鉄板ですよね。 この言葉に関するエントリーがあります。 興味があれば「ヤッパリマン」を読んでみてください。 以上、まったくオチはありませんが、そんなレトリックの話でした。