わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

越境が持つパワーと、恋の迫力


Fi2621664_1e
[99Problems] by Jay-Z

If you're havin girl problems
i feel bad for you son
I got 99 problems
but a bitch ain't one HIT ME!

(お前が女で愚図ってたら、俺は残念だぜ
 こっちは無数に問題かかえてんだ、
 スケのことなど一つもねえ ヒッミ!)


頼む者と頼まれた者の間で、創られたモノに対する態度にギャップが生じた時、僕はJay-Zマーク・ロマネクが作り上げたミュージッククリップ「99Problems」を観る事があります。
そして多くの勇気をもらうのです。


このミュージックビデオは「ディレクターズレーベル」という映像作家の作品集の中から、「マーク・ロマネク」編を購入すると観ることが出来ます。(もちろんYoutubeで観ることも可能。しかしサイズや編集、SENSORED(検閲)の問題もあり、オススメはしない。できるだけノーカットの無修正を大画面で観てほしい。つまりDVDで見てほしい・・・が、そんなこと言っても誰も買わんと思うので、下にシェアします。これがセンサー版だ)


 
彼の他の優れた作品ももちろん、「ディレクターズレーベル」のDVDで観ることが可能ですが、「99Problems」はその中でも別格だと僕は思います。それはとにかく楽曲が最高にクールだということと、映像に異様な迫力が満ちているからなのです。そしてDVDに付帯したドキュメンタリーを観るとさらに、その奥のディレクターの想いが痛い程、わかってしまいそうになるからなのです。


Fi2621664_2e_2このクリップは、あまりにも短いカットの集積で成り立っている群像スナップビデオです。
4分17秒の曲の中になんと、およそ360カットもの画が存在し、ロケセットもアパート、その周辺、ブルックリンブリッジ、車内、街角、店内、違うストリート、証券街、闘犬場、刑務所、そして教会と思い起こすだけでも12+αのシチュエーションをセットアップしてロケを敢行しています。このカット数とシチュエーション数を見るだけでつまり、尋常ではない迫力があります。また、その全てのカットがガッチリと「決まって」いるのです。これは本当にスゴいことです。

なぜ、スゴいのかというとその「惜しげのなさ」にあります。
例えばブルックリンブリッジとJay-Zの構図なんて、もうそれだけで一つのメインコンセプトとして充分成立する力があり、撮影監督の意匠は本当に一つ一つがエレガントです。だから、ただ今風のPVを作りたいと思えばあと2、3のシチュエーションを撮影すればそれですむわけです。このビデオの中のイメージを「惜しい」と事前に考えていたならば、品を変えて3作品は余裕で作れる計算になります。実際ビデオを見てもらえばその意味がわかると思います。

でもこの分野の著名な演出家はそれをしなかった。ここが色んな意味で「スゴい」わけです。
なぜここまで圧縮して全てのイメージを見せきる必要があったのでしょうか?
ちなみに4分間の楽曲に対して、撮った撮影素材は12時間にも及んでいます(ドキュメンタリー参照)。ここまでしなければならなかった理由はどこにあるのでしょうか。


僕はこう思うのです、それは、創り手が、この企画に恋をしてしまったからなのだ、と。


Fi2621664_3e「以前からヒップホップを撮ってみたかった」思いつきの才能と実績溢れる映像作家が、Jay-Zという、NYヒップホップのナンバーワンの地位にいるアーティストのクリップを撮る機会を得たのです。それも曲は文句なし。さらに、Jay-Zからの要望は「ただの壁の落書きをアートとして切り取る写真家のような仕事をしてほしい」ということでした。こんなオーダーを得たら、映像作家であれば誰だって燃えないわけがありません。この時点で、マーク・ロマネクの今回の企画に対する態度の全てが決まったのだと思います。

多くの優れたクリエイティブには、必ずと言っていいほど「越境」が存在します。この場合の「越境」とは文化や人種、思想などの差異を指します。仲良しごっこではない、他人同士が触れ合った時に発する感覚と摩擦が、創るものを高ぶらせ、また、そのアウトプットに強さが増すのだと考えるからです。その意味で言って「壁の落書き=写真(芸術)」というJay-Zのオーダーは、優れたアーティストとしての当然の願望であり、対したマークロマネクがこのクリップを「白黒」基調として、ヒップホップ文化(引いてはNYという街の底辺)を丸ごと喰ってやろう、とする群像スナップ方式の野心もまた、当然の挑戦といえるのです。
実はもうこの時点でかなりレベルの高い打ち合いがなされているわけですが、一つ、興味深いエピソードがあるので紹介します。それは歌詞の「Hit Me!」に感銘をうけ、Jay-Z本人が銃で撃たれるシーンを欲したロマネクに対して、Jay-Z難色を示した、ということです。しかしそれは無理もないことで、ヒップホップ界では2-Pacや才能あるアーティストたちがギャング抗争で命を失っています。クリップの中ですら「撃たれるのは御免だ」とする彼に対して、ロマネクはその「逆説による効果」を説得するのです。

Fi2621664_5eこの取り決めは重要なものであったと思います。ロマネクはJay-Z歌詞通りの「挑戦」を促したとも言えるからです。
Jay-Zにとって自分が撃たれること、それ自体がセルフプロデュース上一つの大冒険であり、完全な「越境」を意味しました。対するロマネクも、このコンセプトが骨抜きになったら企画から降りる覚悟だったと思います。
熟考したJay-Zはついにロマネクにメールします、「Trust You」――君を信頼する。
この話はJay-Zのクライアントとしての感度の良さと、アーティストとしての器量の大きさをよく示すエピソードだと思います。だてにビヨンセの旦那ではない気がします。(おっと失礼)


この時点でもさきほどの、ロマネクの恋と言ったものは続いています。いや。オードブルの全てが揃ったからこそより一層激しくなった、というべきかもしれません。


99problemsjayz001「恋」というものは男女間のそれの通り、まったく不均衡なもので、つまり、「恋」をしちゃった側は「恋」をされちゃった側よりもはるかに頑張っちゃう、ということを指します。どちらが勝ちか負けかということではなく、とにかく「恋」は労力や対価を忘れさせてしまう神秘的なものだと思います。
この現場も、たしかにイイモノにしたいしもちろん頑張るけどトゥーマッチを感じてるJay-Zと、自分のイメージの構築にひたすら突っ走ってるロマネクの姿があります。

限界に挑んで撮り貯めた膨大な素材を抱えてロマネクは、なんと3人も編集マンを換えていきます。なかなか完成の報せが来ないJay-Zはついに切れるわけです、「なんでもいいから完成させてくれ!」。
このことは、今、目の前に完成したクリップ「99Problems」があるからこそ、笑っちゃえる話ですが、金銭面も絡んだ、かなり切実な問題を内包しているとも言えます。おそらく当時はドロドロのデロデロであります。
12時間の編集素材をハンドリングできず解雇された編集マンがすでに2人いる訳で、ここにはロマネクの、演出家特有の怪物のような業も合わさっているからです。彼の心の中には意中の編集マン、ロバート・ダフィが居たのですが、彼はそのとき時間がなくこの仕事に応じられなかったわけです。そこで代わりの編集マンを立てたが、ダメだった。どうしてもダメだった。そして結局、すでに自分のギャラも吐き出しているロマネクは彼に頼み込むわけです、「もうお金が尽きてしまったが、君しか居ない。タダでやってくれ」——。

もう、それはそれはイビツで、猛烈な恋以外の何物でもないと思うのです。
おそらくロバート・ダフィ(のちにMTVアワードの編集賞に輝く)は、その全てを瞬間的に受け取ったんだと思うのです。そして彼は、引き受けるのです。(いい男だねぇ。。)


Fi2621664_4eこのエリアに突入できるクリエイターというのが、確実に世界中に点在しています。
「仕事とは何か?」「プロとは何か?」
「お金って何だ?」「商品って何だ?」
「こんな戦いをしていること自体、一体何だ?」――あらゆる恩讐の彼方で越境し、突き破り、パンチアウトされる作品が確実にある。その迫力と裏に込められた想いに人は心を打つのではないでしょうか。少なくとも試写したJay-Zの心をこの作品は打ちました。全てのプロセスをひっくるめて、こうして立ち上がったクリエイティブこそが根源的なヒップホップであり、ロックスピリットであるのではないかと、この映像に彼が改めて気づいたのかもしれません。
MTVが後に検閲でJay-Zが射殺されるシーンを削ろうとした時のことです。あれだけ撮影前は嫌がっていたJay-Zがこう言うのです、「あのシーンを削るくらいなら放映なんて許さない」、と——。
結果としてその後、このビデオはその年2004年のMTVアワードで数々の賞(ベストラップ賞、監督賞、編集賞、撮影賞)に輝くことになるのです。

 

 

マーク・ロマネクJay-Zの、辿り着いたこの関係は本当に羨ましく、そして世界のどこかにはこんな関係になれる人材たちが確実に居るのです。
むろん、そうは言うけどね、という桃源郷絵空事に映るかもしれない。が、頼む者と頼まれた者の間で、創られるモノに対する態度にギャップが生まれたとき、僕は彼らが作り上げたミュージッククリップ「99Problems」を観ることがあります。
そして多くの勇気をもらうのだ