読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わが心のBlog

by Hiroki Utsunomiya

松方ピカレスク

松方弘樹さんが亡くなった。
以下敬称略で綴る。

また一人、大物俳優がこの世を去った、という惜念の想いのほかない。
42年生まれだから、ロバートデニーロのひとつ先輩だ。アルパチーノとも年は近い。
みなさんのなかの松方弘樹像はどうだろうか。

小さい頃はなんたって金次だ。 お奉行さま? 真の下手人は金次の野郎でございます!
名奉行(と言う名の、かなりえげつない、おとり捜査官)「遠山の金さん」。ぶっちゃけ大好きだ。
あるいは「元気が出るテレビ」のよく泣くレギュラーのおじさんかもしれない。
少なくともオレ自身、彼の俳優としての良さを存分に味わったのはずっとずっとあと。
オトナになってからだ。で、たぶん、フツーの人はそこまで、


松方弘樹の本当の良さを知っていない


と確信するのだ。そこまで思わずには居られない。
そう思うに至るのは、70年代の彼の東映作品群を見た後だった。



誰が脱獄囚シリーズを見てるだろうか?
誰が実録ヤクザものを見てるだろうか? 深作「仁義なき」以外で!



むろんシネフィルは見てるだろう。
が、フツーの人々はゼッタイにこのあたりには触れて生きてなどいない。
だから、本当の彼の底力をついに知らずに来ていると思うのだ。
そ れ は も っ た い な さ す ぎ る


東映70年代の松方弘樹は本当に、お世辞抜きで、めっぽう面白い。
松方弘樹をずっと追って見ると、その「悪」のバリエーションの豊かさに舌を巻く。
総会屋が主役(なんだその設定!)の映画「暴力金脈(’75)」なんてのもある。
面白いぞお? ああイヤガラセにも、こんな深い道があるんだぁってね、バンザーイ!!
広島、だったと思うが、「脱獄広島殺人囚(’74)」のラストも忘れがたい。
線路に立つ松方が、人参か大根をカッ喰らいながら歩くショットで映画が終わる。これなんかもう、

え、ニューシネマなのか? 楽園なんだな、ここは?

って感じるよ、最高なんだよ。
「北陸代理戦争(’77)」の「せこい・芝居気タップリな」松方も超いい。アホかっつーの。
そんななかオレが一番好きな作品を挙げるとすれば、「実録外伝・大阪電撃作戦(’76)」となる。
これぞピカレスク! 狂犬の松方弘樹を堪能できる。ラストの姿もとにかく見事。必見の映画だ。



改めて思うのは、彼の80年代以降のキャリアである。
東映というスタジオはどうやら、天使と悪魔が共存しているようだ。
高倉健はその悪魔性を嫌忌し、危機感を持ってスタジオを離れたのだとオレは思う。
(さいわい健さんには、八甲田の麓で黄色いハンカチが待っていた。)
松方弘樹も同様で、スタジオ内での道の先には既定路線としての「ドン」がまっていた。
いや、「ドン」しか待っていなかった。 ここにひとつの割り切れない不幸がある気がする。

このあたりはアルパチーノともかぶる。
松方弘樹という70年代の悪のバリエーションは、親分・ドンという型の少ない様式美に、次第に押し込まれていったように見える。 松方弘樹本人はこのことを、どう思っていたのだろう……
とにかく彼を想うとき、この80年代以降のキャリアを、深く、残念に想えてならないのだ。
彼はもっともっと、コメディをやるべきだった。それも本物のコメディを。
オレはそう思う。もっと脱ぎ捨てられたらよかったのに。
彼のみならず、80年代というDCブランド時代に失ったものは、けっして少なくないと感じる。

訃報に際し、すこし思いを書いた。
70年代に彼の遺したピカレスクロマンに思いをよせて。
ああ、ひさしぶりに、また観たくなってきた…… 

合掌。